自分の内側を平和で満たす。。。

悲惨な出来事が毎日のようにあらゆるメディアで伝えられ、
それらを否応なく、何度も何度も目にしてしまいます。

そうした出来事が起こっている事実を知ることと
それらに対し、感情的に反応することは
少し冷静さが必要かも知れません。

いま、世界では恐怖や憎悪、悲しみが
これまで以上に拡がりつつあります。

無意識に、何気ない思いで、新聞やテレビ、
インターネットでニュースを目にし、
また、SNSではそれに対する様々な意見が投稿されたりします。

それらに対する感情的な反応は人それぞれだとは思いますが、
そうして僕たちは、無意識下に感じた感情を思いとして残していきます。

気がつくと、恐怖や怒り、悲しみ、罪悪感などの思いが
深く蓄積されて、身心に影響を与えることもあります。
特に、暴力的な情報に反射的に反応して、
怒りの炎を燃やし、復讐への執念を掲げる人もいるかもしれません。

世界中の人々の意識が、地球で起こる出来事を創造していると
僕はそう思っています。

世界をよりよく変えていくために、物理的な行動や行為は必要でしょう。
世界を平和にしていくために。
世界を愛で満たすために。

しかし、その前にできること、
それは、自分自身をよりよくしていくこと。
自分の中を平和で満たすこと。
自分の中を愛で満たすこと。

それなくしては、何も変わることはないでしょう。

世界で起こっていることの事実を知ることは大切です。
でも、それを冷静に見て、自分はどう行動するのか?何を選択するのか?を
混乱の中に、また、大きな流れの中に巻き込まれながら
無意識的に選択してしまうことがないように

自分の内なる平和の中から
本当にそうありたいという思いに誠実に
人生を創造していくようにしたいと思います。

内なる平和から、世界の平和は創造される。。。

今こそ、愛と思いやりを拡げる時なのだと思います。。。

buddah

迷わず捨てる。。。

先日から、合間を見て、本棚の本をどんどん断捨離。。。

線を引きまくったり、付箋を大量に貼り、折り目をつけたり、
よだれを垂らしてた本は(よだれは嘘です。。。)すべて、リサイクルへ
その他の本は、ブックオフへ・・・

これまでに何度となくやったけど、
最も本を持ってた時期からようやく3分の1くらい。。。
買ってはみたものの、パラパラとめくってしまい込んでる本ばかり。

気になって見返すとブックオフに持って行けなくなるから、
もう、直感で、これはいいやと思ったら、断行する。

でも、いろいろと本棚見てて、あ〜いい本持ってるな〜と
読み返したい本もたくさんあったので、
これからいろいろと少しずつ読み返そうかと。。。

でも、まだあと半分くらいにしたい。。。

10年くらい前。。。
いや、ここ数年前までかもしれない。。。

僕が最も成長したいと、何かおぼろげな、
怪しげな成功を目指していた頃まで

自分は足りないと無価値感を克服するために、
結局、その不安、不信から、せっせと本を買い集めたんだね。。。
でも、もうそういう本は必要ない。。。

もっともっとシンプルに生きたい・・・

物質的にも、心も、精神ももっとシンプルに。。。

断捨離のやましたひでこさんがいいこと言ってた・・・

家を建てるときは、大きな収納は作らないようにと。。。
あったらあった分ものが増えると。。。

心もそうだね。。。
入れるところがあると、何でも詰め込んじゃう。。。

豊かさとは、実は、たくさん持ってる事じゃなくて、
いつでも手に入れることができる智慧だったり、
そうした生き方なんだろうね。。。

持たない生き方を目指したいな・・・
持てない生き方じゃ無くてね・・・笑

SimpleBeautiful_720

救いの言葉。。。

宇宙の営みからすれば、
人の命、人の一生なんて本当にちっぽけなものだ。。。

最近、周りで亡くなる人も何人かいて、死を身近に感じている。

髪を染めないでいたら、ずいぶん白髪も増えて、
こんな歳で、眉毛にも白髪がちらほら。。。

そんな自分を見ていると、
一歩一歩、タイムリミットが近づいているようで、、、

そんなとき、死について考え、
死んだ後の自分という存在はどうなるのかと久しぶりに思いが過ぎった。

若い頃、そんな思いにとらわれて、
死が怖くて仕方なかった。

たくさんの本を読んで、
いろんな人の話を聞き、
死後の世界はあると確信するようになった。

そして、そんなことすら関心もなくなって、
意識的な存在としての人間という認識が当たり前になって
生命は、多様なレイヤーに生を持ち、
死とは、そのレイヤーを行き来するだけで
本質的な死はないと確信するに至っていた・・・

しかし、この1年くらい、
死んだ後は、何もないのではないかという思いにとらわれ始めた。

死ぬことに対する怖れは、死という強化線を越えるときに、
肉体的な痛みや苦しみは受けたくない。。。
その苦しみへの怖れはなくはない。。。

でも、それ以上に、死んだ後何も残らないとしたら・・・

死んだらすべてがなくなり、自分という存在は消滅する。

そう考えたら、何か、暗い淵、虚空に引き込まれていくような、
絶望しかなくて。。。

二度と浮かび上がることもなく
ただただ、存在が無になることの恐怖が、僕の中にあった。

しかし、今朝、瞑想していたら、ふと、こんなメッセージがやってきた。。。

『すべてを受け入れれば、すべては解放される』

それと同時に、不思議な安心感と満たされた感覚に包まれた。

すべてを手放したら、自由になれて、
本質的に満たされるとは思っていたけれど、

手放すことの難しさを感じていた。

手放すのではなく、すべてを受け入れること。

受け入れることも難しいけれど、
受け入れられたら、すべては解放される。
つまり、とらわれから自由になれる。。。

受け入れることができたら、
その先はどうでもよくなると言うことでもある。

死を受け入れたら、すべては解放されて、
その先に、自分の存在が滅しようとも、
どうなろうとも、それはすべてを宇宙に従い、ゆだねられる。

だから、その先がどうなるかすら案じることもない。。。

その前に、満たされてしまうからだ。

満たされることで、求めることはなくなり、
そこに永遠を感じることができる。

満たされること、すなわち、一体、ひとつになること。。。

そこには、分離はなく、すべてに偏在し、
普遍とつながりそのものとなる。

そこに、限りはなくなり、すべてと一つになって在る自分となる。

そこに孤独はなく、満たされ、すべてと同時にある。。。

そう思え、感じることができて、
自分の中にあった不安や漠然とした怖れが消えた。。。

まだ若いけれど、確実に老けていく自分を
若く見せようと努力するのではなく、

ありのままの自分であるように、
ありのままの自分を受け入れたら、
何かになろうとする自分はいなくなり、
そのままで完璧だと理解できる。

すべてを受け入れたら、すべては解放される。。。

救いの言葉になった。。。

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みんな依存症。。。?

自傷は、苛酷な状況を生き延びるために、故意に自分を傷つける行動
リストカットや食べ吐き、薬物やアルコール、ギャンブル依存症。
依存症問題に関わって、日々勉強していく中で、
こうしたわかりやすい依存状態。。。
つまり、普通の生活がもはや出来ない状態が依存状態ということだけど、
実際には一見、普通の生活ができているようで、
実は、隠れ依存状態である人が、潜在的にものすごくたくさんいる。

社会的に認められようと頑張る人や人間関係で周囲からの評価が気になる人。
そのために一生懸命行動し、自分を大切にしないというなら
ある意味での自傷行為と同じ・・・
そうした中でのストレスからの過食による肥満や過度なダイエット、
異常な健康志向、スポーツや趣味。。。気がついてない人は多い・・・
頑張った人は評価される、これはあまりに普通のことで、
気にもとめない人がほとんどだろうけど、
なぜ、その人が頑張るのか。。。
その背景に、心の奥底に何があって、そうするのか。。。
純粋な喜びや幸せからの行動なのか・・・
結局、他者との関係性の中で、境界をうまく引けない人、
関係性のバランスを取れていない人は、ある種の依存状態で、
実際には、現代に生きる多くの人が、実は依存状態で
それは人間という存在自体、依存の中に生きる要素はあるけれど
現代の社会のシステム、文化自体が、
必要以上の依存を生むような社会となっているわけで、
昨今、生きにくさを感じる人が多いのは、こうした背景がある。

臨死体験と死後の世界

先日、NHKで、ノンフィクション作家の立花隆さんの
臨死体験に関する番組がありました。

立花隆さんの「臨死体験」という本があって、もう20年ほど前の本です。
その頃、この内容の番組がNHKでも制作されて見た記憶があります。

立花隆さんは、10年前にガンが見つかって手術し、
再発すれば治すことは難しいかもしれないと医師に言われていたそうです。

現在74歳になって、ガンが再発し、立花さん自身、あまり先がないと考え
再び、臨死体験、人間は死ぬ時、心はどうなるのか?
意識はどうなるのかに強く興味を持ったそうです。
それで、この番組が再び制作されました。

NHKオンデマンドで見れます。

NHKスペシャル 臨死体験 立花隆 思索ドキュメント
死ぬとき心はどうなるのか
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2014057665SC000/

脳科学は、当時に比べ、飛躍的な進歩を見せ、
以前はわからなかった脳のしくみがわかり、
心や意識の世界に新たなメスが入れられています。

20代の前半、僕は死後の世界に強い興味がありました。
死んだらどうなるのか?今も多くの人にとって大きなテーマなのかもしれません。
僕は、脳科学へ行くのではなく、宗教観や哲学という文化的な方向へと
関心を持ち、そちらの方をいろいろと探求することになったのですが、
この世界はとても曖昧で、正確な答えなんてないのですが、
なんとなくこんなところに収束するな〜という感じの答えがありました。

要するに、死後の世界、もしくは、人間は死んだ後も
命はカタチを変えて続くと言うことです。
精神文化的にはそのように考えられる伝統があるということですね。。。

その時、僕たちの意識は続き、輪廻転生の考え方のある文化としては、
再び生まれてくるときに、過去の記憶が消されると言うことです。

僕は、死んだ後も命があり、意識が続くことに期待しています。。。笑
できればそうあって欲しい。。。

でも、そればかりは、死んでみないとわかりません。。。
もし、死んだ後、意識がまったく無くなってしまったら、
もう何もなくなってしまうのだから、あるとかないとか
考えることすらできないし、不安になったり、心配もいりません。

何もなくなってしまうのだから、喜びも悲しみも、愛も勇気も・・・
もう、何にもなくなる。。。僕という存在のすべてがなくなるんです。

どうでしょうか?それは余りにも淋しいですね。

でも、今回の立花隆さんの臨死体験についての最新科学を用いた番組では
結局、心や意識は脳でつくられている。
ということでなんとなく締めくくられていました。

立花隆さんはノンフィクション作家だから、
検証できる現実、証拠を組み立てて論証できる範囲でしか
答えを出さないというスタンスなんだと思います。

でも、これは僕の見立てですが、立花隆さんも人間ですから
死に対する気持ちとして、死後の世界、臨死体験について期待もあるし、
それがあるから、ここに興味を持っているのでしょう。

そこで思ったんです。

死んで、何もなくなってしまうかもしれない。
それはそれでいいと。。。だって、もう何もなくなってしまったら、
仕方ないし、どうにもならないんだから。

でも、そうじゃないかもしれない。
その先の世界があるかもしれない。

でも、それも本当はどうでもよくて、そこを案じるよりも
いつ死んでも後悔がないように、精一杯今を生きる。

これに尽きると思うのです。

それは、この番組を見てあらためて思いました。

わからない世界について研究すること、探求することと
何を信じたらいいのかと案じることは別です。

今ある〝生〟を100%生きる。

よく考えてみれば、この〝生〟というもの程、ありがたいものはありません。

思いを、考えを巡らし、肉体を持ってそれを試し、
その結果を味わうことができる。

死後の世界で肉体を離れ自由になるとかならないとか
そんなことよりも、いま、ここに〝生〟があって

いま、思いを実現できるように、〝生〟によって挑戦できる。
試してみることができる。そんな命を与えられているんです。

それに気づいたと言うよりも、これは誰しも分かっていることなんだけど、
これを味わうというのは、全身で沸き立つというのは
日々意識しないと、気がつけば漫然と時間を浪費してしまいがちです。

僕は信じています。

意識は、脳がつくりだす幻想のようなものではなく、
脳が僕たちの意識を作り出しているだけではない。

僕たちには魂があり、意識が脳をコントロールしている。

意識と脳が多次元的にリンクしあっていて
科学はそこまでアクセスできていないだけだと・・・

人間が築いてきた文化は偉大です。

科学も大切だけど、文化や伝統の中に横たわる
精神的な真理によって救われるものはたくさんあります。

だから、この〝生〟において、愛と喜び、平和を実現し、
そこに於いて、悟るという道をこれからも探求していきたいと思うのです。。。

death-405

『依存症』について知ってますか?

『依存症』について知ってますか?

実は、最近、とある出会いから依存症からの回復支援をしている
社団法人グループのサポートをさせてもらっています。

サポートというのは、お仕事をさせてもらっているんですが、
基本的にはこの団体のことをもっと知っていただき、
依存症という問題自体も社会に訴えかけていこうというものです。

先日も、依存症回復の施設にお邪魔して、施設の活動を見学させていただきました。

いろいろと関わらせていただいて、依存症について知れば知るほど奥が深く、
また、とても興味深いものとなっています。

依存症と言ってもいろいろあります。
最近では、マスコミへ格好の話題を提供した、ASKAさんの覚醒剤の問題。

また、大きな問題になってきている脱法ドラッグ。

僕がいま、お手伝いさせていただいているのは、
社団法人GARDEN、一般社団法人セレニティパークジャパンを中核とする
Oneness Groupで、こちらの団体が扱っているのが、
基本的には、薬物依存症、アルコール依存症、ギャンブル依存症で、
奈良、東京、沖縄、セブ島に、回復支援のための施設があります。

全国に、依存症からの回復支援をする団体や自助組織がありますが、
このOneness Groupは、少し毛色が異なるようで、
それは、代表の矢澤さん自身が過去に壮絶な依存症体験から克服し、
そんな人生体験をベースに、依存症に陥る人を防ぎたい、
また、過酷な状況から、本人や家族、関わる人たちを助けたいという思いと
矢澤さん自身が、そこから大きな人間的な成長、意識的な成長を体験し、
また、多くの回復者を支援する中で、人々が同様に人間的な成長を遂げて、
生まれ変わり、新しい人生を深く生きようとする人たちをたくさん見てきたからに他ならず、
そこには、人間の本質への気づき、魂の可能性があるということを
体験的に伝え、命をかけてサポートしているからに他なりません。

実際に、矢澤さんに会う度、その人生に向き合う本気度に、
普通に生かされていることへの感謝を
忘れかけていることに気づかされます。

人にはいろんな人生がありますが、
多くの人は、依存症者のような過酷な環境に身を置いているわけではありません。

この普通に生きていること、人生をそこそこ健康に、幸せに生きれている中で、
朝目覚めて、会社に行き、夜はつきあいで軽く一杯。そして家に帰る。
そんな繰り返しの毎日とそこそこのプライベートタイムでストレス発散。。。

そんな人生も悪くはないのですが、先日も東京の丸の内で人々を眺めていて
みんな『感謝』を忘れてはいないよね。。。という思いを投げかけていました。

依存症者の回復支援施設では、彼らは毎日、朝夕に
ギャザリングというミーティングを行い
また、回復のためのプログラムを行います。

基本的には、これまでの生活から離れて、施設の近くに他の依存症者と一緒に暮らし、
毎日施設でプログラムを受けます。

今回、そのギャザリングを見学させていただき、
終了後、思わず涙がこぼれてしまいました。

それは彼らみんなが仲間を信頼し合い、助け合って、回復していこうとする姿であり
自分のことや状況について、その日の順番の人が語るのですが、
みんな一切の批判も否定も無く、ただ、だまって話を聞き、
終わった後も心から拍手を送ります。

また、感謝の気持ちを直接、ありがとうを伝えたい人にみんなの前で伝えるなど、
僕たちが普段忘れがちなこと、忘れてしまっているようなことを
ひとつひとつ丁寧にみんなで行っているのです。

ずっと、一緒にいて、何か、原始的なコミュニティはこんな感じだったかもしれないと
人間本来の魂を大切にする、そんな場所に思えました。

依存症からの回復と同時に、魂の回復、再生が行われている。。。

僕は、ここでのプログラムは、会社や家族の中で、
普通の人も、健康な人も、日々行われていい、素晴らしいプログラムだと思ったし、
深い精神的な気づきがここにはあると感じています。

実際に、このベースとなる、AA、GAなど、
Alcoholic Anonymous、Gambling Anonymousという
アメリカで生まれた、相互援助の集まりで、
経験と力と希望を分かち合って共通する問題を解決し、
ほかの人たちもアルコールやギャンブルなどの依存症から
回復するように手助けしたいという共同体で、

そこで使われているガイドブックを唱和したりしますが、
内容が非常に意識が高く、スピリチュアリティをベースにしていて、
本当に素晴らしいものです。

アルコールや薬物、ギャンブルのみならず、
最近では、ゲーム、スマホなど今後、ますます、依存症の問題は幅を拡げ
低年齢化や女性への拡がりなど、
また、深刻化するケースも多くなっています。
カジノ法の成立なども、ギャンブル依存の大きな問題へと発展する可能性もあります。

依存症は心の病気です。
ただ我慢するとか、そのうちなんとかなるというものではありません。

自分の内側を見て、ちゃんと自分と対峙することが必要です。

もし、自分も依存症かな?
身近な人に、依存症の方がいるなら、ぜひ、相談してみてくださいね。

薬物依存症の回復相談
社団法人GARDEN http://garden-ag.org

アルコール・ギャンブル依存症の回復相談
一般社団法人セレニティ・パークジャパン http://www.spj-ag.org

依存症者の家族のサポート
東京ファミリーインターベンションセンター http://www.fic-ag.org

 

 

 

『身体から発信している』ということ

『身体から発信している』ということ《Questcafe blog》

最近、深く感じていること、それはとても言葉にしづらいのですが、

『身体から発信している』ということ

何を発信しているのかというと『意図』『創造』

だからとても言葉にしづらいのです。

どっちかというと、発信と言うよりも、糸をたぐるように、
今の自分の思いやどうしたいのか、どんな風に生きたいのかという
そんな思いの源泉を辿っていくと
それは、頭の中にあるのではなく、身体にあると。。。

糸をたぐると意図がある・・・笑

でも、身体にあると言っても、肉体的なものではなく
何か、エネルギー体のような存在の源。。。

しかし、それは身体を通して伝わってくる感覚がある。

だから、最近身体に聞くんです。
どう感じるか。。。
身体は正直です。それは、身体の緊張や重さでわかります。

自分に合ってるのか、合ってないのか?
自分が求めているのか、求めていないのか?
自分が喜びを感じているのか、感じていないのか?

だから身体に聞けばいい・・・
思考に聞くと、いろんな理由をいいます。
エゴは、自分を正当化するために、驚くほど巧妙に
自分を納得させるロジックを示します。

でも、身体は軽くないんです。

それは、魂と繋がっていて、魂が喜びを感じることは
身体も軽く、心も躍ります。

仕事だから、会社だから、責任があるから。。。

喜びがあれば、それは関係ありません。
理由なんて関係なく、それをせずにはいられないんです。

仕事、学校、責任。。。
放棄しろと?

本質的には、いいのではないでしょうか?
宇宙の法則に照らし合わせるなら。。。
もちろん、そこにはいろんな出来事が発生するでしょう・・・現世的には。。。

それを考えて、どうするかは自分次第です。

でも、喜びを感じていることには、積極的ですから
そんなことは起きないでしょう。。。起きるはずはありません。

結局、本当にやりたいことをしていない限りは、
その思いは消えることはなく、どこかにたまり続けるのです。

そうして、その思いのプール、リザーバータンクが限界に達したらゲームオーバー。
または、そこに貯まった濁った思いのエネルギーを発し続け
それが、自分の身体を傷つけたり、自分環境の弱いところに影響を与えます。

身体はそういう意味でも正直です。

身体が喜ぶことをする。
それは、魂の喜びに繋がっています。

魂の喜び意外に、真の喜びなんてありません。。。
身体の声に従ってみましょう・・・
https://questcafe.wordpress.com

pirit

無価値感も悪くない。感情は味わうもの。。。

価値あることをしたい…
価値あることをしなければ…
価値あることって何…?

遊びって価値のあること?
遊びってそのものが楽しい
でも、仕事中に遊ぶのは不謹慎?

 
どんな価値をそこに感じるかは、その人次第・・・

無価値観とは、自分には価値がないと感じること

価値とはなんだろう?

すごいからすごいと思っている人は多い
行列ができる店に、なぜか並んでしまう人
メディアですごいって言われてるから、そこに行ってみる人
人気の芸能人だから好きだって人
何百万部のベストセラーだから読んでみる人
製作費数百億だからと見に行く映画
数千億の総工費だからすごいと感じる建築物

価値ってなんだろう?

評価というのは、その人それぞれのもの

多くの人に選ばれるからいいというのは、

その人がなぜそれをいいと思うのか、
感じるのかの判断基準をよくみる必要があるね。

自分が他者から認められていないと感じるから
自分には価値がないなんて思う必要はない…

自分と誰かを比較する必要もない

自分がどうあれば喜びがあって、楽しくて、幸せを感じるのか…

それが人から評価されることなら
その道を行けばいい

でも、他人から評価で自分の価値を決めることはない

自分はこれでいい
自分のいいとこはここだってとこ見つけて
それを育てていけばいい

 
そこに愛を注げば
それは自分の幹となって、嵐にも負けない大きな木になるよ

無価値観を感じるのは心

心は天気のようなものだ

晴れの日が続くことがないように
雨や嵐も永遠に続くことはない

雨は恵み…心の芽を育ててくれる
嵐は心を強くしてくれる
そしてまた、穏やかな晴れの日を楽しむ

無価値観を感じるのも悪くない

だから自分の本当に大切な価値を教えてくれる

いろんな感情は、すべて味わうためにあるから、

移ろう天気を楽しむくらいになれたらいいね…

60兆個の献身。。。

昨夜のNHKスペシャル 人体〜ミクロの大冒険〜プロローグ ようこそ!
細胞のミラクルワールドへ の録画をサクッと見た。。。

卵子が卵巣から出て、どのように受精して、子宮に着床するのか・・・
最先端の研究とCGで、ものすごくリアルにわかりやすく、
また、実際の受精と細胞分裂の始まりの映像など、

またまた、赤血球が核を持たない機能に特化した細胞だとか、
人体は約60兆個の細胞で成り立っているけれど、
200以上もの種類の細胞があって、それぞれの役割をこなし、
その中でも特にスペシャリスト的な細胞たちがあること、

さらに、ほとんどの細胞が1年で入れ借り新しくなる中で、
心臓や神経の細胞は、生まれたときから死ぬまで
変わることなく活動し続けるなど、
もう「へ〜!」の連発とともに。。。
感動いっぱいだった。。。

僕たちが意識しないところで、
60兆もの細胞たちが、人知れず活動し続けている。

この番組を見ながら、ひとつひとつの細胞たちが、
僕という生命体のために、力を合わせて身体を創り、
この世界に、僕を生かし続けてくれていることを思うと、
何という献身なのかと。。。感謝の気持ちでいっぱいになった・・・

そして、僕の身体の中で、ひとつひとつの細胞が生まれ、
短い生涯を終えることを繰り返していると思うと、
これはまさに小さな宇宙であり、世界人口も60兆と考えれば、
まさに僕の身体は地球そのものの象徴なんだと思えてくる。

ひとりひとりが身体に愛を注いで、大切にする。
これは、地球を大切にすること、
宇宙に貢献することに等しいことだと改めて思った、素晴らしい番組でした。。。

昨夜はプロローグ。今晩からPart1で、3回連続シリーズ始まります。
録画しなきゃ。。。見逃した方はNHKオンデマンドで見れるよ。。。

https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2014054274SC000/

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風が吹いたら帆を上げればいい

人生ぶれるときもあるし、落ちるときもある。
そしたら必ず、上がるときも来る。

自然の法則は、いつもそこに働いていて、
風が吹くようなもの。

風が吹いたら帆を上げればいい。
ただし、帆の準備はいつもしておかないと。

風が強すぎるなら、帆をたたむ。
風に合わせて、最適な帆を上げられるなら最高だけど。

そうでなくても、帆を調整して、
いつも風を読む。

燃料を積んで、エンジン回して行くのもいい。

でも、燃料はどこかで補給しなきゃいけないし、
エンジンがいつも調子いいとは限らない。

遠く旅するなら、自然を味方につける。

帆だって、破れることもあれば、マストが折れることもある。
自然を無視することは、自然を敵にまわすこと。
自分次第で、自然はいつも見方になってくれる。

そうやって、自然と共に生きれば、そんなにエネルギーはいらない。

人生だってそういうこと。

風が吹いたら動きだそう。
風がなければ、船や帆を整備する。

そうして丁寧に生きること。

そんな生き方が理想だな。

それが僕にとっての癒やしであり、人生の喜びなのかもしれない。

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