霊的進化とゼロの時代

僕たちは、大きな時代の流れの中で、
人類の歴史上、もっと言えば、生命の歴史上
たぶんこれまでの中でも最も大きな進化、
意識的な進化、霊的な進化を経験している真っ最中なのでしょう。

ただ、これはここ数年の話ではなく、
近代以降の100年以上前から始まっていて、
特にこの20年くらいは、そのピークに達しようとしているから、
これまで経験したことがないようなことが、
よりわかりやすく現象化しているのだと思います。

日本では映画「永遠のゼロ」が注目されたり、
世界的にも「ゼログラヴィティ」が話題になっていますが、
世の中の現象が、集合無意識の表れならば、
この「ゼロ」という言葉、
数字に注目せずにはいられません。

たまたま、日本では、永遠のゼロがシンクロしたのですが、
海外でも、同じような何かが、同時多発的に現象化しているのではないでしょうか?

株価もうなぎ登りで、アベノミクス的経済だけをみれば
日本の経済は復活してきているようにも見えますが、
この背景に、いわゆる三本の矢のもっとも大きな力、
日銀による異次元の金融緩和が行われていることを、
忘れている人も多いのではないでしょうか・・・

つまり、表だけを見ていると、株価が上昇して、
景気が上がっているように見えますが、
湯水のように資金をジャブジャブ供給して、
その上でこの現象があるということは、
いつまでもそれは続けられないわけで、
それまでに経済を軌道に乗せて、本来の経済を循環させるというのが
アベノミクスの方法なのですが、さて、これはどうなるのでしょうか?

今年も、いろんな出来事がありましたが、
ただ、あ〜こんなことがあったな〜というだけではなく、
こうした出来事は、いろいろなエネルギーが結果的に、
世の中に現象として形になって表出していると考えれば、
実際には、現象になっていないエネルギーが、地中ならぬ
人々の意識や様々な力学の間で、動いていて、拮抗し合っていると言えます。

そのエネルギーとは何なのか、
現象は氷山の一角として海上に飛び出しているだけで、
実際には、水面下に巨大な全体が存在しています。
ここれは何なのかを意識してみることは大切です。

目の前のことも大事なのですが、
そこで起こっていることに翻弄されたり、
自分にとって、本当に大切なことを見失わないように気をつけたいものです。

意識的な進化、あえて、霊的な進化とも言いたいのですが、
これは、本当の自己、本当の自分の発見。
自分はどうしたいのか?どう生きたいのかを多くの人が見つめるようになり、
そんな生き方を求めていくようになる時代です。

生きたい自分を生きる。

もうすでに、若い世代を中心に、
そんな意識的な覚醒の時代を生きている若者たちが、
数多く現れているように思えます。

そんな時代の中で、古びた考えで時代を動かそうとするリーダーたちの今の世界は、
どう考えても時代に逆行しているようにしか思えません。

自然の法則に従って、向かうべき道はどこか・・・
成長から成熟へ・・・

自然の法則的には、本来の道から離れたら、いつか必ず本来の道へと戻されます。
離れれば離れるほど、戻るときには大きな反動があります。

そんなことを考えながら時代を見つめていると、
「ゼロ」という言葉が、来年を占う意味で、注目して見たい言葉だなと思っています。

大きなマトリョーシュカへ進化する

僕の会社、マイルストーンデザインのWebサイトに、時々、
デザインやブランド作り、プロモーションなどに関するコラムを書いています。

今回「フラットデザインと禅」というテーマで書いてるんですが、
内容はこちら→ http://www.milestonedesign.jp/contents/design/004.html

この図を考えてみたんです。
というか、僕の場合、考えると言うより、図が先に降りてくるんだけど・・・

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実は、この図でもうひとつ語りたかったことがあって、
本当はそれを伝えたかったのです。。。

会社のサイトでは、あまり関係ないので、あえて語らなかったのですが、
クエストカフェ的には、とても重要なテーマなので、こちらで書こうと思います。

どんなものでも、この宇宙では、成長、進化していくと、必ず複雑化していきます。

複雑化しても、ある段階でそこに自発的な秩序が発生して、安定するようになります。

これは、複雑化の中で、それらが系統立って維持されるような
何らかのシステムが生まれるためで、
そのシステムが自発的、自律的に生まれたら、
それまで複雑だったものは、整理箱に入れられたように見えなくなって、
シンプルな箱だけが見えるようになります。

僕たち人間は、バクテリアなど微細な単細胞生物に比べたら、
とても複雑な存在のはずです。
でも、僕たちは、自分たちが60腸個もの細胞の集合体で、
その細胞の中身やそれらがどのように機能し、
ひとつひとつがどのように成り立っているかなんて考えることはありません。
どういう内臓があって、筋肉組織がどう活動しているかすら考えないでしょう。

僕たちは、身体のことすらほとんど考えることなく、
人生で巻き起こる出来事や人間関係から生じる感情体験に翻弄されています。

すべてはそのように、
ロシア民芸のマトリョーシュカのような入れ子構造になっていき、
進化していくと下位のものは箱にしまって見ないようになります。

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上位のレベルに進化する過程では、必ず複雑化は起こり、
一度、混乱期が訪れ、一見、無秩序とも思えるような状態になります。

不安定になると、安定しようとして、様々な機能が働き始めます。
自然界でも、無秩序はいずれ平衡状態に向かうように、

僕たちの生きる人間の意識的世界では、
その複雑化する世界=不安定をネガティブに捉えて
安定のために恣意的にコントロールしようという考えや
そうすることによって自分のメリットを得たいという
思惑=エゴが働いたりします。

複雑化する世界は、次の進化へのステップであり、シフトの予兆でもあります。

精神の進化の過程でも、複雑化は必ず起こります。
それを超えていくと、複雑化から自発的、自律的な秩序が生まれて、
シンプルな生き方へと向います。

それは、結局、複雑化した下位の情報は入れ子にしまわれる
大きなマトリョーシュカの中に入ってしまうからです。
それが、この図で示した禅的な世界です。

そうしてみると、今の日本はどうでしょうか?

自分の働く会社、経営する会社はどうでしょう?

自分の人生、生き方はどうでしょう?

人生をコントロールしなければいけないとしたら、
何かのルールを自分に課せようとするなら、
社員をルールで縛ったり、目標やビジョンに向かって邁進させるとするなら、
そこには複雑化=カオスという現実があります。

つまり、進化の途上であり、そこにはコントロールという意図が発生するということです。

現代社会は、どんどん法律ができ、規則ができて、
文化として守ってきたことややらないでいたこと、
他人がいやがることや迷惑になることはやめておこうというようなことも、
いちいち法律なりルールで縛らなければいけないような世界になっています。

禅的な世界とは、人としてどう生きるかを自分に問いかける生き方です。

他人との比較の中で、他者に評価されたり、認められることで
安心を得たり、その評価が欲しいがために生きるのではありません。

ましてや、自分の生のために、他人を傷つけるなどあり得ないことです。

もし、全世界の20%くらいの人が、禅的な意識、
または、意識的な進化を遂げて、
マトリョーシュカのもう一つ大きな入れ子になるならば、
世界はかなり違った姿になることでしょう。

自分をルールで縛ったり、目標志向でがんじがらめになっていたり、
何者かになろう、なりたい、何かを成し遂げようとするなら、

そこに複雑化した自分がいないかを一度見つめてみてはいかがでしょうか?

もうひとつ大きなマトリョーシュカになれたら、
今抱えている問題も、なんてことないことで、あっさり片付いてしまうかも。

目標に向かって一生懸命走るのが先か、
自分を見つめて、意識的な成長を促すのが先か。。。

いずれにしても、大きな入れ子=マトリョーシュカになるのは、
時間の問題なのです。

生きたい自分を生きる姿

三浦半島の南に、秋谷という素晴らしい場所があって、
まあ、葉山からこのあたり、どこでもいい感じ何だけど・・・

昨日は、この秋谷で、異次元のサーフボードを製作している
ひでくんを訪ねました。

ひでくんは、関澤製作所という小さなサーフィボードをつくる工房をやっていて
元々は、アメリカの有名なサーフボードメーカーで修行を重ねた優秀なシェイパーでした。

思うところあって、自分のクラフトマンとしての哲学をカタチにするために
自分の工房を立ち上げて、他にはない独自のサーフボードを製作しています。

奄美大島のステンドグラス・アーティスト、クマさんの紹介もあって
彼に板を作ってもらいたくて、訪ねたのだけど、
一瞬にして意気投合。。。同じ価値観を持っている人物でした。

彼の工房の屋上に、彼が自分で作った小さな漁師小屋みたいな素朴な小屋があって、
薪ストーブで小屋を暖めて、小さなソファーに二人腰掛け、
全面に解放された窓から海を眺めながら
ストーブで温め直した、あんパンを食べつつ、いろんな深い話をしました。

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ひでくんが、ここでサーフボードを作ることになった経緯や
彼の生き方に対する思い。。。もう、これは哲学の域だけど・・・
また、彼が大切にしていることなど。。。
僕も、思わず、自分のことを赤裸々に話したりもしました。

お互いの考え方、思いに数々の共鳴、共感を感じながら、
元々はサーフボードを作ってもらいたくて行ったんだけど、
もっと深い次元で、いろんな話ができて、人生観を共有することができてよかった。

サーフボードがどんな風に作られているのかは、
雑誌など写真でいろいろと見たりしてたから知ってたけど、
実際のシェイパーの製作現場を訪れるのは初めて。

自分も来年は、自分の板を削って、作ってみたいと思ってたので、
いろいろと教えてもらえる先生ができたのもよかった。

シェイピングルームと仕上げの樹脂をかけるグラッシングルーム。
樹脂の臭いは決して心地いいものではないけど、
美しいサーフボードが仕上がっていく様子を想像するとワクワクする。

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実際に、ボードの素材となる発泡ウレタンを削る作業では、
微細な粉じんが舞うため、防塵マスクの中で作業するし、
仕上げのグラッシングでは、ポリウレタンの樹脂を流す中で、
気化していく樹脂を吸い込むし、皮膚からも吸収するので、
時に、クラクラして、体調が悪くなることもあるというけど、
美しいサーフボードは、そんな中から生まれてきます。

彼の徹底した独特のサーフボードに対するこだわりや哲学は、
生まれ育った秋谷にあり、中学生の頃からサーフィンを始め、
長年、波と対話する中に自分本来の姿を見いだすサーフィンであって
コンテストやコンペティションとは一線を画す
彼のフリーサーフィンの世界がありました。

彼は、何よりも一番に波に乗ることを大切にして、
海に入った時は、パドルアウトして、休むことなくいきなり来るセットに乗っていく。

これは、彼にとっては重要な儀式で、
海が今日どんな波を体験させてくれるのか、
その最初の対話であり、海への尊敬と感謝の思いで
いつも、その最初の波を大切にするといいます。

最近、彼は、工房の近くで、奥さんと自然農も初めました。

できる限り、できる過程がわかるもの、わかる暮らし。

彼に南総里見八犬伝の話をしたんだけど、
今で言うならドラゴンボール(見たことないけど)

また一つ、僕の一部である魂の元気玉を見つけた気がしました。

ひでくんのブログ・・・素敵です!

僕と波とときどき仕事
http://hikogoro.jugem.jp

来年、クエストカフェ・インタビューにも登場予定・・・

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『スピリットは目覚めようとしている』

今日、お友達で、クエストカフェ・インタビューにも登場いただいている
大空夢湧子さんとミーティングしてたんですが、いろんな面白いお話になって、
ご存じの方も多いかと思いますが、夢湧子さんは、通訳のプロフェッショナルで、
本の翻訳などもされていて、ビジョン心理学のトレーナー、カウンセラーでもあります。

大空夢湧子さんのクエストカフェ・インタビュー
http://www.questcafe.jp/interview/interview_vol054.html

ホ・オポノポノのヒューレン博士、ビジョン心理学のジャン・ポルスキー博士、
NLPのロバート・ディルツ博士、エリクソン催眠のスティーブン・ギリガン博士などの通訳をされています。

さすがに、そうそうたる素晴らしい先生方の通訳をされているだけに、
夢湧子さん自身も深く、その世界を理解されていて、
単なる通訳を超えて、その意を汲んで、身体に染みいるように伝えてくれます。

そんな夢湧子さんといろいろと話しているうちに、
エリクソン催眠のギリガン博士のお話になって、
博士が言う「ジェネラティブ・セルフ=生成的自己」についてのお話の中で、
『スピリットは目覚めようとしている』と表現されることについて、
とっても興味深かったので、それについて話していた時、
素晴らしい気づきがありました。

それは、ギリガン博士が言う『スピリットは目覚めようとしている』というのは、
うまくいかない自分や感情的になってしまう自分、
怖れや不安、怒りを感じる時、興奮してハイテンションになっている時など、
本来の平常な状態、自分の本来の中心にいない状態の中で、
自分で自分をコントロールしがたい状態の時とは、
この『スピリットが目覚めようとしている』時であって、

多くの場合、そういう自分の感情を否定したり、抑制しようとするわけですが、
本来すべきは、そういう状態の自分が内側にいて、それが現れ出ようとするときに、
それを未成熟な赤ちゃんのようなスピリットと捉えて、
そのスピリットが自分の意識を通して現れ出ようとしていると考え、
スピリットをこの世界に送り出してあげるということが大事だと。

この暴れん坊でやんちゃなスピリットを否定したり、押さえつけて、
コントロールするのではなく、大きなハートでそっと迎え入れてあげて、
それを肯定し、理解してあげることで成長し、
そうすることで、スピリットは成長して、大人になって自ら解き放たれていく、
また、巣立っていく。。。そうした考え方を持っているということです。

この考え方はすごく面白くて、直感的にピンときました。

やはり、自分は見たくない、自分が嫌いな部分を受け入れたくなくて、
そんな自分を自己否定し、自分のそんな部分を
愛することができない人は多いものです。

そうすることで、結局その感情は、再び抑圧され、心の奥底に沈み込んでいきます。
そうして、また同じような状況が訪れると、再び浮上してきて暴れるわけです。

誰にでも間違いはあり、うまくいかなかったこと、
振り返って後悔したり、反省したりといろいろと
思い出したくもない失敗も数多くあります。

自分の中には、いろいろな自分の一部としてのスピリットが眠っていて、
いつも成長したいと思っている。

そうした自分のスピリットを、自分の大切な我が子として受け入れ、
包み込んであげる。受け入れ、理解してあげると、
それは手放すことができて、手放すことで、
本来の自分、本当の自分へと戻っていきます。

『スピリットは目覚めようとしている』
自分を癒やす・・・素晴らしい言葉だと思います。

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成仏していただく。。。

断捨離という表現で、スペースクリアリングが話題になって久しい・・・

今年は、例年以上にいろいろと気持ちの変化やシフトが起こって、
さすがに、内的なプロセスの中で、もう不必要なビリーフなり、
エネルギーなりを手放して、クリーニングし、次のステージへ向かおうと
歩き出そうとすると、どうもザワザワする。。。
そのザワザワは、やっぱりモノから発するエネルギー。
年末も近づきつつある中で、少しずつ不要なものを処分し始めたんだけど、
まあ、出てくる出てくる。。。
うちはゴミ屋敷かというくらい、倉庫に眠っていたり、押し入れや納戸に・・・
よくこんなもの大事に取っておいたなと。。。
どれもこれも、過去に整理しているときに、まあ、置いておこうと
そのまま、またしまい込んでしまったもの。
 
そこでもう『ええぃ!面倒だっ!』とカミさんに、これはいる?いらない?って聞かれても、
そんなもの見ないようにして『成仏いただきましょう』と廃棄やら、リサイクルやら。
洋服なんかも、ホームレスの支援にと送ってしまいました。
なので、実際に、何がうちから出て行ったのか、半分はわかりません。
 
でも、そのくらいでいい。
どうせ、何年も見てなかったり、さわりもしなかったものばかり。
それでも、まだ、いろいろと残っていて、
もうひと断捨離必要です。
それでも、かなり気分はすっきりしてきた。
 
さらに、オフィスでも、かなり昔の資料とか、後生大事に取っているものも
春までには、もうぜんぶ成仏いただこうと思っています。
 
何でも捨てるとゴミになるという人もいるけど、
家にあっても、ゴミはゴミ。
ゴミが家にあるのか、処分場に行くのかの違い。
それを活用してくれる人のところに行って、初めてゴミではなくなる。
 
こうして整理していくと、これまでいかに人生遠回りしてきたかがわかる。
今から見れば遠回りでも、その時は一生懸命。
それはそれとして、明日からの一歩をどう歩んでいくか。。。
 
もっともっと断捨離して、シンプルに生きていきたいものです。。。

 

毎日同じ服

若い頃は、いろんな格好をしてみたかったもんだけど、
年々、スタイルがひとつの方向に収束されていき、
いまでは、毎日、ほとんど同じ格好をしてる。
 
同じ格好と言うよりも、同じ服を着てる。
3日も4日も同じ服着てるなんて、不衛生?
 
そんなことはないよ。
今の季節ならね。。。
 
なんでもいいわけじゃない。
着心地のいい、自分の気に入った服。
自分のこだわりがあって、そういうのをちゃんと満たしてる服。
 
そういう気に入った服に出会ったら、もう他はたいしていらない。
 
言ってみれば、ユニフォームみたいなもんで、
自分はこれなんだって、それは、仕方ないからこれって言うのとは全然違って、
そう、これでいいのだ。。。
という、大満足の中のこれ。。。
 
シンプルで、ベーシックだから、飽きることがないし、
快適で、心地いいから、それを着ないことの方が不快だったりする。
 
考え見れば、服は交換できるけど、カラダは交換できない。
いつも一緒のカラダ→基本的には。。。
1年で7割くらいは入れ替わってしまうみたいだけどね・・・
でも、形状は老化以外ほとんど同じ。。。
 
そんなカラダも、好きになれない時もあった。
でも、人生を半分以上生きてみると、この身体も愛着が湧く。
 
それと同じように、自分の生き方や精神的な活動に合わせて、
洋服も次第に自分の一部になっていく。
 
洋服がいろんなパターンを繰り出すことは、
自分の心が揺れてるってことなのかもしれない。
 
それが悪いわけじゃないけどね。
 
でも、自分がこれが好きってのがわかってくると、
それは頭が固くなってるっていう見方もあるけど、
もっと高次で考えたら、そうではなくて、服が自分にとって、
ある意味で透明になっていく。
それは、自分の皮膚のようなものになっていくから。。。
 
服は誰かに魅力的に見られたいから着るのではなく、
自分にとって一番心地いい服、
自分が大好きなスタイルを味わいたいからそれを着る。
 
そういうのが一番の癒やし。。。
そんな服の着方が、生き方の一部。。。

チャネルを開いておくこと・・・

 

サーフィンに対する思いは人それぞれで、
それは、どんなスポーツでも、趣味の世界でもそうだけど、
その人それぞれの向き合い方があっていいと思う。

僕は近くに波乗りができる海がないから、毎日のように入るわけにもいかない。
だから、週一回行けたらラッキー。
毎日乗ってるとカラダも変わるし、やっぱり感性もぜんぜん違うものになって、
身体能力的には、無意識にカラダが反応していくようになる。

さすがに、そんなペースでも長年波乗りをしていると、
それなりには、感性は開かれるもんだけど、
やっぱりうまい人のライディングを見てると、
あんな風に乗れたらという思いも湧いてくる。

気がつくと、もう50歳に手が届こうかという年齢。
そうなると、体力的にも、あと何年サーフィンができるのだろうなんて考えてしまう。

この前、奄美大島へサーフトリップに行って、
現地のローカルサーファーのクマさんに、
「Robinさんは、もっと厚い板乗った方がいいね。スタイルを根本的に変えた方がいいかも」と提案されて、クマさんに言われたからなおさら、素直にそうだなと思った。

持って行った自分の板を置いて、クマさんのクリステンソンのツインフィッシュを借り、乗ってみると、ビビッと来た・・・「これだ・・・」

元々ジョエルの厚いネオクラッシックの板を乗ってた自分だけど、
ここ5年、板は薄く、短くなっていき。。。
それが自分の中で進化だと感じていたけど。どうも違っていた。

自分のスタイルってなんだと問いかけるとき、
自分のカラダがそれを一番知っていて、
そこから生まれるライディングフォームや波と対話するフィーリング、
波との一体感や覚醒感とか。。。

僕には、いつもリラックスしたスタイルが向いていて、
グライドしながら、まるで禅やヨガの瞑想のように
波と一つになったとき、自分が消え去るような波乗り。。。

そんなサーフィンが、僕が求める世界のような気がする。

90歳代になっても、優れた舞踏を見せてくれた、
モダンダンスの先駆者、マーサ・グレアムの言葉。

活力、生命力、胸の高鳴りのなかには、

全身をめぐって動きに変わるものがあります。

そして、自分という存在はいつ何時であれ、ただひとりしかいませんから、

こうして生まれる表現は独自のものです。

もしその表出を妨げれば、他のいかなる方法を使おうとしても、

それは現れることなく、失われてしまいます。

この世界に存在しなくなります。

自分のすべきことは、それがどれだけ素晴らしいかを決めることでも、

それが他の表現と比べて、どうであるかを決めることでもありません。

チャネル(道)を開いておくことです。

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つくる喜び

先日、奄美大島に友達とサーフトリップに行きました。

奄美は最高で、最初の2日はちょっとハードだったけど、
残りの日は、波は小さくも、とっても気持ちのいいファンサーフができました。

今回の旅がよかったのは、友人のマックが友達だったクマさんのお家に泊めてもらい、
クマさんの家族を始め、奄美の仲間たちと出会えたこと。。。

みんな素晴らしくて、温かくて、そんな仲間たちと奄美の大自然が僕を癒やし、またひとつシフトさせてくれました。

何よりもクマさんには大きな刺激を受けました。

クマさんについては、今回クエストカフェでもインタビューしたので、
来年になるけど、アップするのでお楽しみに!

クマさんこと、熊崎浩さんは、サーファーの世界では知る人ぞ知る人物。
サーフィンの関係の雑誌にも時々紹介される人です。
ステンドグラス作家で、とても素敵な作品を数多く作っています。

高校時代からサーフィンを始めて、大学時代にカリフォルニアに留学し、
サンディエゴを中心にサーフィン三昧の生活を送り、
その後、一時帰国するも、オーストラリアへ半移住、
もちろん、サーフィンはライフスタイルの中心でした。

そんな中で、ステンドグラスと出会い、クラフトマンの道へ

シドニーオリンピックを境に、オーストラリアがどんどん変わっていき、
クマさんが求めていた、理想のオーストラリアが変質してきたこともあり、
約10年前に、家族で奄美大島へ・・・このあたりのお話は、詳しくはインタビューで。。。

クマさんの奄美での暮らしは素晴らしく。。。もちろん大変なこともいっぱいあったと思いますが・・・

何しろ、山を開墾して、そこにセルフビルドで家を建て、
現在2棟の家を建て、現在、子供部屋を建築中。
設計から施工まで、すべてクマさんが自分でつくる。

現在、家族と暮らしているメインの家は、ステンドグラスの仕事が忙しくなって、
部分的に、職人さんにもお願いしたそうだけど、
何しろ、庭でも、サーフボードでも、何でも自分で作ってしまう。

何でもやってみたくなるそう。。。

サーフライドもスタイリッシュで、リラックス。。。
それでいて、ダブルサイズのチューブもメイクする実力。。。
尊敬します。。。

僕も、今回、クマさんには、本当に刺激を受けて、
家の改装も、サーフボードも、自分で作ってみたくなって、
早速、セルフビルドの本なんか買って、研究し始めました。

クマさんが語るパーマカルチャー。。。

持続可能な自給自足的な暮らし、生き方。。。

「庭でもさあ〜、芝生や木を完成したカタチで作らなくたって、
芝生なら小さいの1枚でも、苗木1本でも、10年経てば、立派になるよ。
その10年で、自分が思うように、その木を剪定して、
ゆっくり時間をかけて好みのカタチにしていくんだ」

クマさんの生き方を見てると、何でもできるもんだなと本当に感心します。

自分で作れば、そんなにお金もいらないし、モノのありがたみがわかる。

感謝と共に暮らす、生きる。。。
ひとつひとつ、命を吹き込んで、大切にしていきたいと思う・・・

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パラレルワールド

科学的な根拠なんてないけど、
この宇宙はパラレルワールドなんだと信じてる。

パラレルワールドというと、平行世界とかもう一つの次元世界があって、
もう一人の自分が全然異なる人生を生きているというような感じがするけど、
僕が考えてるパラレルワールドはちょっと違う。

それは、無限パラレル。

つまり、人生を日々生きる中で、僕たちは常に何かを選択している。

何かを選択したらその結果が必ずあって、
その上でいまの体験があり、振り返ればそれらの積み重ねの人生がある。

もし違う選択をしていたら、違う世界を生きるわけだけど、
実は違う選択をして生きている自分も
どこかの宇宙をさまよっているのかと思うとおもしろい。

そんな僕が何人もいて、それらの多様な僕がそれぞれの次元の僕に影響を与えている。

いまここにいる僕は、この人生を生きているので、
当然ここが一番濃くて、影響が強いんだけど、
そうではない僕もいて、それは意識の深いところに共鳴していたりする。

こんな世界なんてもう嫌だ!なんで、こんな状況になってるんだ!
そう憤っていても、過去からの積み重ねだから、
急には変えることはできない。。。

だから、ある程度人生を予測して生きなきゃいけないけど、
それでも、もし自分の意識と選択が自分の次元世界を創造しているなら、
単なる選択だけでなく、自分の意識が共鳴する世界を創造していくので、
自分の意識次元に応じた世界が、自分の周りに出現していることになる。

これは、よく言われる引き寄せの法則に等しいけど、
それ以上に、実は、自分が体験する世界をTVゲームのポリゴンみたいに
毎瞬、毎瞬、創造していると考えれば、
その時、どんな意識で生きているか、過ごしているかはとても大きな意味を持つ。

今という時代は、大きな時代の転換期、
シフトの最後のプロセスを歩んでいるようだから、
変わりたくないエネルギーを持つ人たちが、旧世界にしがみついて、
何とかもがいているので、そうした変化に抵抗するエネルギーは
ネガティブなかたちで表出しやすくて、
今の世界が体験しているネガティブな現象、事象は、そこに端を発している。

だから、僕たちはもうしばらくネガティブな出来事を
プロセスとして経験するのだろう。。。

だからこそ、そんなネガティブなエネルギーに取り込まれていかないように、
いまこそ、試練であり、学びの時。
自分の内側を見つめながら、恐れや悲しみ、怒りの感情を手放して
ただ事実を受け止めながら、理想のために行動する。

どんな世界を生きたいのか。。。
どうすればポジティブに転換できるのか。。。
愛から見れば、愛から行動するなら、
どう生きるのか・・・

いま、そんなエネルギーがもっとも必要とされてるね。。。

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小さな死を繰り返しながら

失敗して落ち込んだ経験は誰にでもあると思う。

ひどい時には、数週間も、場合によっては、
数ヶ月も、数年も引きずることだってあるかもしれない。

でも、起こった出来事は仕方がない。
テープを巻き戻すように、時間を巻き戻すことはできないのだから。

忘れることなんてできないかもしれないけれど、
どんなにひどい失敗も、時間がたてば、その傷はいつしか癒やされる。

人は傷ついただけ優しくもなれる。
それだけ人の痛みもわかるから。

失敗なんてしなくていいのなら、それに越したことはない。
だけど、失敗するもんだ。

失敗するのには意味があって、その体験が必要だから起こってる。

誰にだって失敗はある。
世界でたった一人、自分だけが失敗してるんじゃない。

僕は、そんな失敗を「小さな死」と呼んでいる。

そんな小さな死をたくさん繰り返して、
また、生まれ変わる。

一生を生きる中で、何度も何度も小さな死の輪廻を繰り返しながら、
カルマを克服して、魂を磨いていく。

生まれ変わるためには、誰にでも、小さな死は必要なのだ。

だから、失敗してもいいんだよ。。。
そして、また生まれ変わろう。